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人生に疲れた院生が、その時書きたいことを書いていく

「闇が広がる」を語るつもりが、古川雄大について語ってた

「闇が広がる」、ご存知でしょうか?

 

今や多方面で披露されている「闇が広がる」。

私が知ったきっかけはもちろん『エリザベート』からなのですが、ボカロがカバーしてたり、つい最近城田優がCDで出してたりとオタクなら聞いたことある〜のではないでしょうか。

私にとって「闇が広がる」ってとても思い出深い曲なのですが、

今年、より深い思い出を植えつけられたので語っていこうと思います。

 

私がこれからお話したい「闇が広がる」は、ミュージカル『エリザベート』の一つのナンバーです。

宝塚でも帝国劇場でも上演されている演目ですが、私は昔から東宝版しかリアルで観たことがなく・・・

ともあれ来年2020年には帝劇版エリザベートは20周年だとか。すごい!!!歴史長い!!!

 

www.tohostage.com

 

そもそも『エリザベート』とはなんぞや。

公式サイトのあらすじ曰く、「自由を愛し、類なき美貌を誇ったハプスブルク帝国最後の皇后エリザベートと彼女を愛した黄泉の帝王”トート=死”。トートはエリザベートが少女の頃から彼女の愛を求め続け、彼女もいつしかトートの愛を意識するようになる。しかし、その禁じられた愛を受け入れることは、自らの死を意味した。滅亡の帳がおりる帝国と共にエリザベートに”運命の日"が訪れるー。」。

 

この文言で気になった人は来年の公演を観に行こう!

この文言でわからなかった人は、「めちゃくちゃ美女なエリザベート皇后を愛してやまないトート閣下(ストーカー)がエリザベートを巡ってハプスブルク帝国滅亡まで追い込んでやろうぜ!!!」って話だと思ってくれればいいと思う。

(完全に主観が入ってます)

 

上記を背景に話を進めますが、公演中にエリザベートの息子ルドルフ(つまりオーストリア帝国の皇太子)が父の統治方針に疑問を抱き、匿名で新聞に皇帝の批判記事を投稿します。それが父にバレてしまい、父と決別するルドルフは頼れる存在がいなくなるのですが・・・

 

そんな状況にトート閣下が現れるんですね!!!

まさに、悪魔の囁き。いや、悪魔ではなく「死」なのですが。

 

そのような状況を描いた曲が「闇が広がる」です。

 

これでやっと本題に入れます。

 

私が『エリザベート』観劇に通い始めたのは、2010年から。

トート閣下が山口祐一郎さん、ルドルフが浦井健治さんだった回に観に行きました。

当時の私は中学3年生。「死」が擬人化してることを理解してなかった私は、「なんで死が愛してんの?(ハナホジ)」くらいの感覚で観ていて、母親に殴られた記憶があります。

ちゃんと話を理解した上で観ることができたのは、2012年版。

この時もトート閣下は山口祐一郎さん(母がファンだった)、ルドルフは古川雄大さんでした。

 

当時観ていた私は、エリザベートって母親として結構やばくない?

流石にそれは育児放棄だよ今の時代では・・・

という感じに否定的に観ていたので、ルドルフかわいそう・・・頑張れ・・・強く生きて・・・と思っていたので、他のキャラよりも人一倍ルドルフに感情移入していました。

そのため、「闇が広がる」が始まった瞬間、

ついにルドルフに視点が置かれた!!!!!!!!

と興奮するのですが、歌詞を聞けば聞くほど、

あれ???これ全然、歓喜ではなく、むしろ嘆きでは???

まじで「この世の終わりが近い」のでは???

と頭を抱えます。

 

 

そんな儚くも素晴らしいルドルフの葛藤を描いた「闇が広がる」。

歌詞にも惹かれたのですが、なんかもうそこはかとなく輝いてる(顔面が?もはやわからん)人が綺麗にダンスを踊っていて、いや、まあ綺麗なんだけど、ゾッとするなと感じました。

そう、古川雄大のルドルフは私に

「美しさの中に恐怖あり」という概念を植えつけた張本人です。

(また一つ感性が広がったよ!ありがとな!)

 

まじで一人だけ青白く(最早、トート閣下よりも白いのでは?)、まだ生きてるよね???まだキスしてないもんね???あっ、生きてるわ。と再確認しなければならないほどこの世のものとは思えないルドルフを演じる古川雄大

そこからはルドルフ(古川雄大)から目が離せませんでした・・・

これが私の2012年『エリザベート』の想い出。

 

2012年以降もルドルフを続投する古川雄大

もちろん観に生きましたし、回を重ねるにつれてルドルフとしての自我が強くなっていく印象。

だからこそ「闇が広がる」におけるコントラストがより深く描かれていて、現状に戸惑い迷う様が強烈に突き刺さりました。

はぁ、凄い。いつもありがとう。

でもこの役、(年齢的に)いつまで続けられるんだ?

という疑問を浮かんでいました。エリザベートのことママって呼ぶしね。

 

 

 

そんな中、みなさんご存知の通り、なんと今年(2019年)から

古川雄大トート閣下デビュー!!!

(正直、期待してた)

つまり、悪魔の囁きに耳を傾ける側ではなく、悪魔のように囁く側を演じることになったのです。

 

 

完全に私の色眼鏡で語りますが、古川トートは基本的に人間を「自分の駒」として扱っている感じがしました。

高みの見物、じわじわと外堀を埋めていく感じのトートで今までになかった解釈だなと思いました。

いや、本音をいうと、めちゃくちゃ興奮した。まじで。

自分の目的の為ならば人間なんてどうでもいいと思っているので、ルドルフに接する時も敢えて優しく語りかけます。チョー怖い

「闇が広がる」の時なんてまさにそうで、いやらしくないけれど蛇のようにズルズルと懐に入っていく感じ。こわ

でもなんだか綺麗だな・・・この世のものとは思えない美しさがそこにはあった・・・

 

そして私は思うのです。

「美しさの中に恐怖あり」も間違ってはいなかったが、

「恐怖とは一種の美的感覚である」と。

 

おそらく、「美しさの中に恐怖あり」という概念があったために、先入観として恐怖は美とカウントできると思っているからこその感覚です。

ゾッとしている状態こそ、美を感じている状態である。

「闇が広がる」における古川雄大のルドルフとトートを観たことで、「美」と「恐怖」に関する考え方がガラッと変わりました。

 

きっと今なら、三島の『金閣寺』を読んでも違った見方をすることができる気がする。

ちなみに映画『ジョーカー』の最後のシーンを観て、綺麗だと思ったのも「闇が広がる」で植えつけられた概念からきているものだと思っています。

 

こんなにも私の感性を豊かにしてくれた古川雄大まじでありがとう。脱帽。

なんだかんだ応援し続けています。

来年も『エリザベート』観に行くぞ〜!気になった人は是非観に行ってみてください!

 

そういえばハプスブルク展もやってるみたいですね。

近々行きたいです。

habsburg2019.jp